日本の着物文化における長襦袢の歴史と現代日本への変遷 —「見えない衣服」が媒介してきた身体・美意識・流通・継承

長襦袢は着物の下に着用される衣服でありながら、その存在はしばしば見過ごされがちです。しかし実際には、汗や皮脂から着物を保護し、着姿の美しさを整えるという極めて重要な役割を担っています。

本連載では、日本の着物文化における長襦袢(以下、必要に応じて襦袢一般を含む)の歴史的変遷を、語源・服飾史・流通・教育・現代的実践の各側面から再整理し、理解を深めてまいります。

襦袢という言葉は16世紀後半の南蛮文化を背景としてポルトガル語 gibão に由来すると言われ、当初は外来の上衣・肌着的な要素をもつ衣服として導入されたものですが、日本では和服の重ねの体系の中に組み込まれ、やがて身体と長着のあいだを媒介する独自の衣服へと変容したものです。

江戸時代には、表着に対する奢侈規制(いわゆる、ぜいたく禁止法)の反作用もあり、襦袢は『見えないがゆえに凝る』おしゃれの舞台となり、襟や裏、素材、模様に高度な意匠性が宿っていきました。

明治以降には、学校教育・裁縫書・商品化・新素材の流通を通じて長襦袢は近代的に標準化されていったものの、戦後の洋装化以後は日常着としての地位は後退していきます。しかし近代においては儀礼・趣味・観光・和裁教育の領域で新たな意味を獲得するのです。

現代においてはサステナブル社会の影響も後押しとなり和装文化は世界からも見直され日本を代表する文化として再燃しています。

私たち「日々、絹子さん。」ブランドとしては、「長襦袢は単なる和装下着ではなく、身体の処理、着姿の形成、秘匿と顕示の美学、そして着物文化の継承可能性を集約する基層的なアイテム」であると結論づけています。

長襦袢という存在を文化的価値と機能性を併せ持つ衣服として再認識するものです。

本研究は、そのための基礎的な視座を提示することを目的としています。

連載 日々、絹子さん。